J.D.サリンジャー(村上春樹訳)『キャッチャー・イン・ザ・ライ』

キャッチャー・イン・ザ・ライ

以前野崎孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』は読んでいたが、村上春樹訳で十数年ぶりに読んでみた。

前回はそうは思わなかったが、読み返してみると主人公のホールデンはかなりいやなやつに思えた。集団生活に適応できないことや、勉強をする意欲がないことや、酒、タバコ等の素行不良は別にどうということないのだが、自己中心的で相手の感情をかえりみないところ、それに自分自身の感情や行動をコントロールできないところや、病的に嘘をついてしまうところは救いようがない欠点に思えて、ホールデンに感情移入することができなかった。逆に感情移入できなかったからこそ、救いようのなさに気がついたのかもしれない。それは欠点というより、注意欠陥/多動性障害(AD/HD)という、いまならちゃんとした病気として認められる症状だ。

そう思ったのは、翻訳のせいではなく、読む側とホールデンとの年齢差のせいかもしれない。認めたくはないが。

ホールデンの中には子供っぽい純真さと、ほんものとにせものを見分ける大人びた眼が同居している。その彼にも自分自身の救いようのなさは見分けられないのだ。それは幸福であるともいえるし不幸であるともいえる。

読み終えて、ホールデンはどんな大人になったのだろう、そもそも大人になれたのだろうかと想像してみた。

★★