金子邦彦『カオスの紡ぐ夢の中で』
借り物。著者は複雑系の研究者だ。読み始める前は、カオス理論や複雑系の一般向けの啓蒙書だと思い込んでいて、貸してくれた人の意図もわからず、長らく放置状態になっていた。読むにしろ読まないにしろ返せる機会にいったん返しておいた方がいいんじゃないかと思いたち、それなら読んだ方がいいだろうという消極的な動機で読み始めたのだった。
前半は時事ネタを盛り込んだ軽めのエッセイ集。カオスや複雑系の話もからめてあるが、啓蒙という感じではない。軽い気持ちでぺらぺらとページをめくる。ところが後半が小説になっていてまず最初に驚く。ひとつめは『カオス出門』というもしカオス現象がなくなったらというSF短編小説。
そして『進物史観』というより長い中編といった方がいいような小説が続く。ある学者のグループが物語を人工的に生成し続けるASS(Aritificial Story System)というシステムを開発する。そのシステムが生成する物語は進化し続け、やがて世間にムーブメントを巻き起こす。そして世間と物語は互いに影響与えあいながら変化していく……。
ASSの中には架空の「作者」という存在がいて固有の名前をつけられているのだが、そのひとりとして唐突に円城塔という名前がでてきた。あれっと思い、なんだか虚構と現実が入り混じるような奇妙な感覚を感じた。なんと、実は「円城塔」という筆名はこの小説からとられたものだったのだ(ただし、この小説の中では「円城塔」が姓で、「李久」という名前が別にある)。現実の円城塔が書いている作品はまさにこの小説の中の「円城塔」が書きそうな作品ばかりなのが一層の感興をわきたたせる。本来このことはこの小説が書かれた時点では想定されていないはずだが、あらかじめ小説に組み込まれていたような気がしてくる。
この本を貸してくれた人の意図も明らかになり、それもまたこの本の中で仕組まれたことのようで、きわめて多層的な読後感を感じた。
最後に、余計な付け足しではあるが、ASSで最後に残る物語が「ピヨピヨ」の連続なのは、現代のTwitterの流行を予言していたと言えなくもない。