G.ガルシア=マルケス(鼓直、木村榮一訳)『エレンディラ』

エレンディラ (ちくま文庫)

ラジオから流れてきた朗読に耳を奪われた。ぬかるみでもがいている大きな翼のある老人を助ける。羽毛はすっかり抜け落ちて空を飛ぶことはできないようだった。きいたことのない言葉を話し、こちらの言うことも理解できない。その正体が天使なのか悪魔なのか翼のあるノルウェー人なのか判然としない。家の主は男を鶏小屋に押し込め観覧料をとって家計を潤すが、まれに奇跡を起こすは盲人にあたらしい歯をはやしたりするとんちんかんなものだったりすることもあって、やがて飽きられて、うとましいだけの存在になる。何年もたったある日のこと……。

荒唐無稽なのに描写が迫真にせまっている。ラストシーンに心が打ち震えた。

朗読された作品のタイトルは『大きな翼のある、ひどく年取った男』。ガルシア=マルケスの作品で『エレンディラ』という短編集に所収らしい。というかその本をぼくは何年も前に読んでいる。それなのにまったく覚えてないのはどういうことだろう?とにかくもう一度読み返さなくてはと家中探したが見つからない。新刊を買うのも癪なので、古本屋で見つからないかと折りをみて探していたら、この間ようやくたまプラ近くのブックオフで見つけた。

最初に収録されている『大きな翼のある……』はあらためて文字で読むと素晴らしかったが、その次の『失われた時の海』もすごい。花が育たない海辺の寒村にある日海からバラの香りがただよってくる。二度目にその異変がおきたあとアメリカから大金持ちのハーバート氏がやってきて何か特技をみせてくれれば引き換えにお金を渡すという。お祭り騒ぎの1週間のあとハーバート氏は長い眠りにつく。長いときがたって目を覚ましたハーバート氏にさそわれてトービアスが一緒に海に潜っていくとそこには……。

もちろん表題作の『エレンディラ』というか正確には『無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語』も圧巻だ。祖母と2人で屋敷で暮らす美少女エレンディラ。ある夜大風のせいで蝋燭が倒れ家財一切合切が灰になってしまう。祖母はエレンディラにその罪をおしつけ、失った金額を売春をして返させる……。この祖母のキャラクターがすごい。冷酷で執念深く、夜は明晰な声を出して夢を物語り、超人的なバイタリティーでほとんど不死身のようだ。そんな人間いるわけないけど、いるとしたら絶対こうだという妙なリアリティを感じて仕方がない。このリアリティはこの作品だけでなく、全編に共通するんだけど、いわゆるマジックリアリズムというものなのだろう。

なぜ忘れていたのかまったくわからない大傑作の短編集だった。