G. ガルシア=マルケス(野谷文昭訳)『予告された殺人の記録』

予告された殺人の記録 (新潮文庫)

薄いけど中身は特濃。実際にマルケスの若い頃故郷の小さな町で起きたある凄惨な殺人をベースに、ドキュメンタリータッチで関係者それぞれの視点から実際起きた出来事を克明に再現した小説。

事件そのものは下世話な理由から起きている。結婚式の夜、処女でなかったという理由で花婿バヤルド・サン・ロマンが花嫁アンヘラ・ビカリオを実家に送り返す。問いただすとアンヘラ・ビカリオはあっさりその相手の名を漏らす。サンティアゴ・ナサールと。娘の双子の兄たちは「名誉」のためにサンティアゴ・ナサールを殺しにいく。彼ら自らそれを触れ回ったため、すぐにそのことは町中の周知の事実となる。実は彼らも殺したくなかったのだ。しかも、アンヘラ・ビカリオとサンティアゴ・ナサールには接点がほとんどなく、新婚夫婦の破局の話をきいたときにも彼にはまったく身の覚えがないようだった。ところが、さまざまな偶然の連鎖で、しつらえたようにその決定的な場面へとたぐりよせられてしまう。

一番最後に語られる殺戮の場面の迫力はほんとうにすさまじくて、神話的としかいいようがない。でも、個人的に一番印象に残ったのは花婿バヤルド・サン・ロマンと花嫁アンヘラ・ビカリオが数十年ぶりに会うシーンだ。共に若さと魅力を失った男が女の元に届けたものとは……。その空虚に頭を強く叩かれたような気がした。