ロバート・クーヴァー(越川芳明訳)『ユニヴァーサル野球協会』
しがない会計士ヘンリー・ウォーは、毎夜自分でルールを決めた野球ゲームの試合に没頭していた。ひとりでサイコロを振って、ユニヴァーサル野球協会に属する全8チームの試合を進行し、記録をつけるのだ。サイコロの目は、野球のプレイだけじゃなく、選手の人生も決める。生や死さえも。選手はそれぞれのパーソナリティーをもち、野球年鑑にはさまざまな物語が記録される。そのうちいくつかは神話になり、独自の宗教や哲学が生まれる。
ヘンリーはゲームにのめり込むあまり、昼間の仕事も手につかず、野球ゲームの中の人物が現実に入り交じり、ひとりごとを叫んだりするようになる……。
野球ゲームの世界はそれ自身独立した宇宙のようになっている。こちらの世界では半ば狂っている生活不適合者のヘンリーは、野球ゲームでは創造主=神なのだ。Henry Waugh のアナグラムはヘブライ語の神 “Yahweh"を含んでいるのだ。そのほか野球ゲームに引き込もうとしてゲームをめちゃめちゃにされてしまう貪欲なヘンリーの同僚ルーはルシフェルだとか、サイコロではなくヘンリー=神の恣意的な意志によって死ぬ新人投手ジョック・ケーシーのイニシャルがキリストと同じ J. C だったりとか、さまざまな仕掛けが施されている。
ぼくは自分だけの世界に耽溺する老いぼれ男ヘンリーを他人事とは思えなかった。野球ゲームを「散歩」に置き換えたらかなりぼくのことだ。ぼくが歩いているのは半ば架空の街だったりする。