キース・ロバーツ(越智道雄訳)『パヴァーヌ』

パヴァーヌ (ちくま文庫)

エリザベス一世が1588年に暗殺されたことによってローマカトリック教会が力を盛り返しそのまま20世紀後半まで西側世界や新大陸を支配し続けたらという歴史改変SF。イングランド南西部のドーセット地方を舞台に、この小説が書かれた1968年から4世代に渡る年代記的に物語は展開する。

この物語の世界にあって現実世界にないのは路上を走る機関車の存在だ(この物語が書かれた後実際に製造されイベント等で走り回ったらしい)。この機関車を使って運送業を営む一族代々がこの物語を貫く縦糸になっている。もうひとつは「古い人々」と呼ばれる特別な力と長い寿命をもつ先住民の存在。彼らの存在が単なる歴史改編ものでない深みを与えている。

教会の支配はかなり苛烈だ。先進的な技術の使用は制限されていて、農業生産力も低いまま。工業もあまり発展していない。町と町の間には荒野が広がり野盗が出没している。異端審問もいまだにおこなわれ無実の人が残酷な拷問で命をおとしている。身分制度は堅固で階層間の移動はほぼ不可能。貧富の差も著しい。

以下の段落は若干ネタバレ。

最初、教会という「悪」を提示することで自由なこの世界の素晴らしさをうたいあげ、まだこの世界に残る教会的なものを告発しているのかと思ったが、最後まで読むと、その単純な認識が誤りだということがわかる。最終的には教会の支配は瓦解し自由で豊かな世界へ移り変わるわけだが、この物語の世界には第1次世界大戦も第2次世界大戦もなかったのだ。強制収容所、スターリニズム、原爆投下。そういうものなしに自由で豊かな社会に到達したこと。それこそが教会の恩寵だったということが語られてこの物語は幕となる。

この物語の世界は現実の世界がバッドエンドで終わったあとのリプレイだったのだ、

テレビ番組なんかでもそうだけど、イギリスの小説はアメリカと違って勧善懲悪という枠組みから完全に自由で、複雑な味わいが感じられて、好きだ。

★★