円城塔『オブ・ザ・ベースボール』

オブ・ザ・ベースボール (文春文庫)

ファウルズという町ではほぼ年に一度人が空から落ちてくる。主人公は彼らを救出するためのレスキュー隊員のひとりで、どういうわけか支給されているユニフォームを身につけ、バットをもち、日々訓練にはげんでいる。といっても高速で落ちてくる人にバット一本で何ができるわけでもなく、今まで救出できた試しは一度もない。なぜ人が落ちてくるのかもたくさんの説が唱えられているものの結局のところまったくわからない。

「ぼくたちレスキューチームはバッターだけで構成されており、全員が同時に打席に立ち、阿保面あげて空を見上げている。この時点でもうこれはベースボールではありえないのは明らかだ。」という記述に反してこれはやはりベースボールなのだと思う。「空のどこかの高みにはおそらく一人のピッチャーがいて、そいつはどうも職務に熱心でないらしく、一年に一度程度の投球を行う。」ミニマルでアブストラクトな町で行われる奇妙で大がかりなベースボール。そこにはほんもののベースボールと同じような哀しさと滑稽さが漂う。

もう一編は『次の著者に続く』というペダンティックなメタフィクション。この文章の「著者」は自分と作風が似ていると指摘されたリチャード・ジェームスという謎の作家の小説を、まったく読まないままで一編まるまる模倣しようという、奇想天外な賭けに挑んでいる。そして、その手がかりを求めて訪れたプラハの古本屋で、まったくなんの手がかりもなしに失われた書物を探すという、もうひとつの賭けを挑まれ、書物から書物をめぐる探索をする羽目になる。模倣と探索、この二つが同時進行するさまをそのままドキュメントにしたのがこの作品ということになる。エーコ、ボルヘス、カフカ、ウィトゲンシュタイン、カルヴィーノなどの引用やほのめかし、変形を通り抜けて、たどりついたのはどんな場所なのか。

以前、『Self-Reference ENGINE』『Boy’s Surface』を読んだときはなんて難解でマージナルな小説を書くんだろうと思ったけど、今や日本で現代文学の潮流に位置づけられる数少ない一人だと思う。

★★★