宮沢章夫『ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第三集』

ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第三集

サーチエンジン・システムクラッシュ』で池袋の街の迷宮的な魅力を描いた著者が、今回舞台にするのはちょうど10年前、2001年の西新宿だ。まだ税務署通りの拡幅工事がはじまってなかったころだ。当時まだたくさん残っていた中古レコード屋の中の一軒を舞台に、自分が歌舞伎町で起きた放火事件の犯人ではないかとおびえる店主、早朝に店の場所をたずねる電話をかけてきた謎の女、「火をつけろ」とつぶやく初老の男、スーパーで買い物カゴの中身をのぞいて献立をあてる男。それぞれの事情で町を行き来する、彼らの前にやがて9月11日がやってくる……。この作品でも主役は町だった。西と東で画然とわけられている新宿の町が、まるでその場にいるように感じられた。『サーチエンジン・システムクラッシュ』を読んで池袋の魅力を再発見したように、本書で新宿が一層好きになったのだった。

もう一編は『返却』という、八王子の図書館に31年間返さなかった本を返しにいく話。主人公の名前は町村で、『サーチエンジン・システムクラッシュ』の主人公とおそらく同じ男だ。前回と同様、よみがえる過去の記憶に翻弄されながら、その目的は脱臼を繰り返して、なかなか果たされることがない。