東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』

クォンタム・ファミリーズ

夢中になって、一気に読んでしまった。

東浩紀自身の分身のような哲学者・批評家・小説家葦船往人とその家族たちがパラレルワールド間を行き来し、時代を飛び越え、新たな家族の絆を模索する本格SF(Speculative Fantasy)。量子回路のネットワーク、人間の意識を媒介にしたパラレルワールドというSF(Science Fiction)的な道具立てもさることながら、描かれている並行や未来の世界のリアルさは東浩紀の面目躍如たるところ。そこまでは予想通りだったが、物語を語る力の強さに驚いた。東浩紀は、詩人ではなくストーリーテラーだった。

ストーリーはマルチエンディングのゲームブックみたいな構成をとっている。いくつかのバッドエンディングを経て、最後に真の(それなりに苦い)エンディングにたどりつく。そこで、「ゲームはいつか終わる。ゲームを続けるためにはリセットをかけなくてはならない。それがゲームであることを思い出さなければならない。ゲームをプレイし続けるためにこそ、虚構の世界で生き続けるためにこそ、ぼくたちはつねにリセットボタンに手をかけておかなければならない」と、倫理が不可能になってしまう「世界の終わり」の中で倫理的に生きることを可能にするリアリズムが力強く宣言される。

個人的に好きなのは、風子が日本各地の廃村を巡礼のようにめぐる場面だ。(セカイカメラみたいな)拡張現実で、過去そこを訪れた人たちのつぶやきが、幽霊の声みたいに響くという着想がすばらしい。

これから定期的にこのレベルの作品を産出していけば、東浩紀の名は批評家としてではなく小説家として記憶されるかもしれない。