斜線堂有紀『さよならに取られた傷だらけ 不純文学』ebook

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斜線堂有紀が、デビュー直後の無名時代、友人との賭けで100日間連続でSNSに投稿した掌編小説がベースになっている。収録作はなんと250編。すべての作品は高校の同じ部活の「先輩」と「後輩」の運命的な関係性を軸としていて、同じ設定の中でどこまで物語が変奏可能かを試しているかのようだ。ただ、作者はこの“定型”の枠組みを崩さないことに注力している。あくまでその枠組みのなかで変奏してるのだ。時を超えた愛、あるかなきかの生死の境界、スプラッタ展開などその後の斜線堂作品の要素が詰め込まれている。

この形式は読み手に独特の読書体験をもたらす。紙の書籍では一話がぴたりと1ページに収まることで、物語が「一瞬」で閉じる緊張感と美しさを味わえるが、iPhoneなどのデジタル端末で読む場合、物語が2ページにまたがってしまい、その完結感がわずかに損なわれてしまう。物語の“落ち”がページをめくる操作によって分断されることで、余韻が薄れる感覚があった。形式の美が、メディアによって崩れるという新たな気づきだった。

また、似たような設定の物語が続くため、一気に読むと“似ているけれど違う”という微妙な差異を捉えるのに集中力を要する。むしろ少しずつ読み進めることで、各話の温度や陰影の違いがよりくっきりと感じられる構成になっている。読むのに時間がかかるというのは、ある意味でこの作品の本質と向き合うための「正しい」読み方だったとも言えるだろう。

特筆すべきは、「先輩と後輩」という一見ありふれた人間関係が、いまだ語り尽くされていない物語の鉱脈であると本作が証明している点だ。年齢差、立場、距離感、言えなかった想い、ひそやかな嫉妬や憧れ。斜線堂はその一つ一つに繊細に光を当て、無数の“別れ”や“傷”を描き出している。すでに語り尽くされたと思われがちなモチーフに、これほどの変奏と深みを与えることができるのだという驚きが、本作にはある。

★★