ポール・オースター(柴田元幸訳)『4 3 2 1』

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2024年4月に亡くなったオースターが2017年に完成させた最後から2つ目の長編小説。800ページ弱、厚さ4.5cm、重さ1キロある大著。持ち運ぶだけで一苦労だった。読後感には重さからの解放感が含まれてしまう。

最初、単純にオースターの人生の回顧録的な作品だと思った。オースターの分身である主人公ファーガソンの祖父が移民としてアメリカにやってきたシーンから語り起こされて、ファーガソンの父母が出会い、結婚し、1947年にニュージャージー州ニューアークでファーガソンが生まれるところまでが1.0章。続いて1.1章ではファーガソンの幼少期が語られファーガソンの父が経営する家電量販店が盗難にあい父方の親族がばらばらになるところまでが語られる。1.2章に進んでおかしいなと思う。時間が巻き戻っているし、1.1章と矛盾する出来事が起きている。そう、1.1章移行では世界線が分岐しファーガソンは別々の人生を生きるのだ。章番号の後半の数字が世界線の番号を示している。全部で4つ。父の事業、両親の関係、住む場所、通う学校、友だち、恋人、たどるライフコース、すべて異なる。どの世界線でも、母が勤めていた写真館の経営者であるシュナイダーマン家の人々が、ファーガソンやその家族と重要な関わりをもつが、中でもエイミーは彼の恋人、義理の姉弟、従兄弟になったりする。

物語の時間軸は1970年あたり、ファーガソンが成人するくらいまで続く。といってもそこにすべての世界線がたどりつけるわけじゃない。つまり途中でファーガソンがいなくなる世界線があるわけだ。途中で主人公がこんな形で物語から消える小説を読んだのははじめてかもしれない。衝撃だった。

最後にこの物語全体の構成に関する驚きの真実が開示される。実はファーガソンはファーガソンではなかったのだ。この突き放し感もすばらしい。

60年代のアメリカの政治状況もいくつかの視点から詳細に語られる。ケネディ大統領当選、キューバ危機、暗殺、ベトナム戦争、学園闘争、黒人暴動。本書を読み終えた2025年2月現在アメリカは民主主義崩壊独裁化の危機にあるが、このときもこのときなりに危機的状況で何人も亡くなったのだった。今回の混乱もアメリカ人は乗り越えることができるのだろうか。もし、オースターが生きていたらこの状況を受けてなにか作品が生まれだろうか。そういう世界線が見てみたい。

★★★★