今村夏子『むらさきのスカートの女』
どこの町にも〇〇おじさんとか〇〇おばさんなどと呼ばれるローカルな有名人がいるものだが、通例は何かしらの奇矯な行動により衆目を集めている。本書の「むらさきのスカートの女」はいつも同じ色のスカートをはいていることと、雑踏の中でも人にぶつからず一定のペースで歩けることのほかに際立ったものがあるわけではない。職が長続きせず平日の昼間にうろうろしていることが多いことくらいだろうか。
語り手である自称「黄色いカーディガンの女」はなぜかむらさきのスカートの女に強い執着を持っていて、長い間職が決まらない彼女に自分と同じ職場で働くよう周到な計画をめぐらす。そうして働きはじめたむらさきのスカートの女は意外に平凡な人間ですぐに職場に溶け込み、ありきたりな悪徳に手を出す。そういう面をみても黄色いカーディガンの女の執着は弱まるところを見せない。むらさきの女の単純さと裏腹に、黄色いカーディガンの女は存在も動機も謎めいている。
中編としても短めの長さだが、2019年の芥川賞受賞作だからということか、ほぼ単品での書籍化だ。おまけとして9編の身辺雑記的なエッセイが収録されている。その中に昔小説を読んでいるときに感じた「登場人物が今ここにいる感じ」を自分で書くときに意識してるという話があつた。確かにむらさきのスカートの女は今ここにいる気がした。その反面黄色いカーディガンの女は存在感が希薄だ。この二人のいる/いない対比が作品を駆動させている感じがした。
★★