Steven Pinker “Rationality: What It Is, Why It Seems Scarce, Why It Matters”
タイトルにあやかり “Rationality” を駆使して、邦訳でなく英語の原書を読むことにした。邦訳は上下分冊であわせて4000円近くしてしまうのだがなんと650円だった。そうはいっても、Pinkerの文章は簡単ではないので、途中からは図書館で邦訳を借りて答え合わせするのに時折使うという手段をとった。
“Rationality” にはいくつか訳語が当てられるが本書の場合「合理性」が的確な気がする。その本質、限界を明らかにしつつ、有効に使って現代のさまざまな危機を乗り越えていこうというのが本書のテーマだ。
“1. HOW RATIONAL AN ANIMAL?”は理性は西洋近代固有なものではまったくなく、現代の狩猟民族SAN族は論理的思考で獲物を追い詰めていくことが可能で、理性はまさにホモサピエンスという種に本質的な能力であることが紹介されるが、有名な3つの例題でバイアスを見ていく。 “2. RATIONALITY AND IRRATIONALITY” では一件非合理にみえる行動も見方を変えれば合理的と解釈できることを例とともに示している。感情と合理性も必ずしも対立するものではない。合理性とは理性を持つことであり、理性は「目的を得るために知識を使う能力」と定義される。目的が感情が求めるものであっても何らかまわないのだ。
3-9章は合理性というツールキットが提供するそれぞれのツールの紹介。
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- LOGIC AND CRITICAL THINKING (論理)
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- PROBABILITY AND RANDOMNESS (確率)
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- BELIEFS AND EVIDENCE (ベイズ推論)
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- RISK AND REWARD (期待効用)
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- HITS AND FALSE ALARMS (信号検出と統計的選択理論)
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- SELF AND OTHERS (ゲーム理論)
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- CORRELATION AND CAUSATION (相関と因果)
この中ではベイズ推論が一番使えそうな気がした。人は目の前に示された証拠だけをみて判断しがちで、事前に積み上げられた条件を無視してしまう。ニセ科学が信じられてしまうのもこの無視の効果だ。日常生活の判断とかでも使える場面が多そうだ。
“10. WHAT’S WRONG WITH PEOPLE?” ではそんなにも有用なツールを利用可能でありながらなぜ人々は陰謀論やQAnonの言説を信じてしまうのかという根本的な疑問について考察する。なるほどと思ったのは、人は世界のものや出来事を二つのゾーンにわけていて、それぞれ別の信じ方をしているのではないかということ。ひとつは自分が直接経験可能な「現実的」なゾーンで、もうひとつは遠い過去や未来や外国などの「神話的」なゾーン。陰謀論の信者は「神話的」なゾーンのこととして信じているのではという研究が紹介されていた。米国では、ピザチェーンで大規模な小児売春がおこなわれていると信じているのに特に行動をしなかったり、日本でも宗教右翼の議員がTwitterでは勇ましいことをいうのに実際何をするわけでもないといった現象に説明がつけられる。
“11. WHY RATIONALITY MATTERS” はクロージング。合理性と人類が歩んできた進歩の関係が語られる。
読むの大変だったけど、自分の知っていることだけじゃなく、学びのある読書体験だった。
★★★