吉田徹『アフター・リベラル 怒りと憎悪の政治』
唐突に思いついたが、新書の価値を測る指標として参考文献の数というのが有効な気がする。本書について数えてみたところなんと155。実際、その数に下支えされてか、とても説得力のある本だった。
世の中の進歩と自由の拡大を体現し、広い意味ではほぼ常識といっていい位置を占めていたリベラルという政治的な立場だが、今世界的にそれを目の敵にするような右派ポピュリズムで、権威主義的なニューライトと呼ばれる政治勢力が台頭し、土台が揺さぶられている。本書はその原因を、共同体・権力・争点の三位一体構造の崩壊という観点から説明しようとしている。
章ごとの構成を見ていこう。
序章『「政治」はもはや変わりつつある——共同体・権力・争点』では本書の見取り図が描かれる。従来の、(自明な意味での)国民、階級、地域、家族という共同体が崩壊し、権力を失っていくのとともに、政治の争点が変化し、従来の政府の機能の大きさ(小さい政府vs大きい政府)や経済的な再分配が争点でなくなり、価値の分配やアイデンティティが争点として浮上してきている。
第一章『リベラル・デモクラシ——の退却——戦後政治の変容』は、本来異質なはずのリベラリズムとデモクラシーが結びつき戦後の政治世界を席巻した「リベラル・デモクラシー」の起源と変遷を紹介する。
第二章『権威主義政治はなぜ生まれたのか——リベラリズムの隘路』では、従来の資本家と労働者の階級対立に基づく保守vs左派の対立がくずれ「リベラル・コンセンサス」という一枚岩になってしまったことで、経済的なリベラリズムの抑制がきかなくなり、貧富の差が拡大し中間層が没落する。こぼれ落ちた層は、「リベラル・コンセンサス」に幻滅して、これに対抗する勢力を生み出し、権威主義vsリベラルの対立が生まれた。各国のニューライトの現状が紹介されるが、日本も無縁ではなく、かつてリベラル・コンセンサスの枠内にいた自民党は変質して、権威主義的でナショナルアイデンティティを希求する日本会議の勢力に軒をとられてしまっている。
第三章は『歴史はなぜ人々を分断するのか——記憶と忘却』では。なぜ歴史認識が、あらたな対立の軸となっているのかを説明する。日本では、戦前や戦争を美化する、国外では通用しようのない無理筋のキャンペーンがゆっくりと進行中だが、それは日本に限ったことではなく世界的な現象だったのだ。
第四章は『「ウーバー化」化するテロリズム——移民問題とヘイトクライム』では、ヨーロッパで頻発する主に移民二世によるテロの根底を探る。宗教が力をましたのではなく、逆に個人主義が広まって、宗教を好きなようにいいところどりできるようになったことが原因であるという。これに対するヘイトクライムも同様だ。
第五章「アイデンティティ政治の起点とその隘路』はこれらの変化の屈折点をさぐる。著者はそれを1968年以降の「新しい社会運動」に求める。それは個人に新しい絆をもたらすことなくばらばらに解体してしまったという。その空虚さに絶えきれず、アイデンティティが希求されるようになったことが、現状の根底にあるという。
終章は、これまでのまとめだが、いちばん著者の独自色が強い章でもある。リベラリズムを5つの層、すなわち、政治リベラリズム、経済リベラリズム、個人主義リベラリズム、社会リベラリズム、そして寛容リベラリズムに分類し、これまでの五章で語られた問題をこれらの5つのリベラリズムの不整合によるものとして説明し直す、そして返す刀で5つを効果的に組み合わせることをリベラリズム復権のための処方箋としての概略を示す。
やたら威勢だけはいい権威主義者たちの言うとおりにしても、トランプみたいな混乱を招くか中国みたいな息苦しい管理社会にしかなりようがない。それもまだいい方であって、再びファシズムやスターリニズムの悪夢を招かない保証はどこにもない。結局は、リベラリズムしかないのだ。本書に描かれているように、リベラリズムが自ら対抗勢力を生み出してしまったことは間違いない。ただ、それはなにかの過ちというより不可抗力だった気がする。そもそもリベラリズムの発展だって、不可抗力的なものだ。道は険しいが、まずは正しく現状を認識することからはじめなくてはいけない。そのために本書はうってつけだと思う。すり込まれた友敵関係に絡め取られず、自分がなんの味方をしてるのかを正しく知るためにも、この本の内容は、立場を問わず、政治について発言する前に頭に入れておくべきだと思う。
最後にいいと思った言葉を紹介すると、第五章の法学者サンスティーンの、「自由とは好き嫌い以前に、好き嫌いやその根拠となる信念を形成することのできる自由として捉え直すべき」という言葉だ。人は変化しうるという前提が共有されなければ、アイデンティティとアイデンティティのぶつかり合いになってしまう。今の状況に光を照らすヒントがあるような気がした。
★★★★