ダフネ・デュ・モーリア(務台夏子訳)『デュ・モーリア傑作集 人形』
ダフネ・デュ・モーリアはヒッチコック映画の『レベッカ』や『鳥』の原作で知られるイギリスの小説家。1907年に生まれて1989年に亡くなっている。これは比較的初期の作品を集めた短編集。
映画化された作品からはサスペンスフルな印象を受けるが、この本に収録されているのは、男女の心のすれ違いを皮肉なユーモアで描いた作品が多い。この苦味のあるユーモアセンスが最大の特徴だ。一つ異彩を放っているのが幻想的で耽美的な雰囲気の『幸福の谷』という作品。『レベッカ』と舞台の描写が共通しているそうだし、もともとこういう感じだろうと思っていた作風に近い。
収録作品のリストを載せておく。
- 『東風』 - 絶海の孤島を舞台にしたむごたらしい結末のサスペンスフルな作品。
- 『人形」 - おどろおどろしい筆致で書いてあるけど、よくよく状況を見ると笑ってしまう。
- 『いざ、父なる神に』 - 偽善者で鼻持ちならない牧師ジェイムズ・ホラウェイを主人公にした皮肉たっぷりの作品。
- 『性格の不一致」 - お互い相手を愛しんでいるのに、不可避的に傷つけ合ってしまう心理を克明に描いている。
- 『満たされぬ欲求」- お金も仕事もないカップルの幸福なはずの新生活のドタバタ喜劇。
- 『ピカデリー」 - 娼婦メイジーが登場する作品。彼女がメイドから娼婦になるまでを彼女自身の口から語らせている。
- 『飼い猫」 - うぶで鈍感な娘が徐々に世の中の真実に気がついてゆく。
- 『メイジー」 - メイジーのもう一つの登場作。こっちは彼女の日常をペーソスとともに描く。
- 『痛みはいつか消える』 - 待つ女性たちの悲しみを描いた作品。
- 『天使ら、大天使らとともに』 - ジェイムズ・ホラウェイのもう一作。実際、こういう卑劣な人間がのさばるものなのだ。
- 『ウィークエンド』 - あつあつの恋人たちが、週末の旅行の結果どうなったか。皮肉がきつい。
- 『幸福の谷』
- 『そして手紙は冷たくなった」 - 男と人妻との関係の推移を男の側からの手紙だけで描いた作品。2006年になって発見された作品らしい。
- 『笠貝』 - 女性が一人称で自分の半生を振り返っているんだけど、今の孤独な境遇の原因を語りながら自分自身はそれに気づいてないという、一番皮肉の効いた草品。
どの作品も思った以上にレベルが高いので他の作品も読んでみたくなった。
★★