佐藤亜紀『バルタザールの遍歴』
ちょっと間があいてしまったが2冊目の佐藤亜紀。最新作から読み始めたが、いったん処女作に戻ることにした。他の作品を知らないので偶然と言っていいかどうかわからないが、『スウィングしなけりゃ意味がない』同様ナチが絡んでくる話だ。
ひとつの身体に2つの人格、バルタザールとメルヒオールが同居する奇妙な双子の物語。しかも彼らに親譲りの特殊な能力があったのだった。
と書くと痛快な冒険物語が始まりそうだが、彼らは揃いも揃って典型的なダメ人間であり、朝から晩まで酒を飲んで、ささいな傷心やなんやかやで自暴自棄になり、故郷ウィーンを離れ地中海の向こう北アフリカまで転落の旅に出る……。
この題材でこれだけカタルシスがないのは逆にすごい。転落の美学さえ周到に避けられている。割り切れない何かが残る小説だった。
★★