ジョセフィン・テイ(小泉喜美子訳)『時の娘』ebook

時の娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫 51-1)

シェークスピア劇の悪役で有名なリチャード三世は、ほんとうに、自分が王位に就くために幼い甥たちを殺すなどの悪行を重ねるような人間だったのかという歴史の謎を、怪我で入院中のスコットランドヤードのグラント警部補(翻訳では警部となってたが日本の警官の役職にあてはめれば警部補だ)が病室のベッドに横たわったまま推理して解き明かすという、歴史ミステリー、安楽椅子ミステリーという両サブジャンルの嚆矢となった記念碑的作品。

グラントと今回のワトソン役であるアメリカからきた歴史研究生ブレント・キャラダインが感情をあらわにしながら「真犯人」を追い詰めていくところを読んでるとこっちも同じような義憤に燃えてくるが、ちょっと引いて考えると、歴史学者をこけにし、自説に都合のいい資料を集めるところは、現代の、ホロコーストや南京事件を否定する「歴史修正主義者」たちと重なって見えてしまう(とはいえ、ジョセイフィン・テイが思いついた自説とかではなく、リチャード三世擁護の、先行するいくつかの文献に基づいているようだ)。実際、彼らの論拠の一部はその後発見された資料で否定されたりもしているおり、現在のステータスとしてはどちらも決め手に欠けるというところだろうか。シェークスピアの決めつけとバランスをとるという意味で本書は大きな役割を果たしていると思う。

最後まで読んで、時の娘、登場してないじゃないかと思ったが、実はエピグラフに古い諺として「真理は時の娘」というのが掲げられていた。

本書は1951年に刊行されているが、ジョセフィン・テイはその後間もなく亡くなっている。遺作と書いている文章があったけど、遺作というのは死後公になった作品なので、該当しない。

★★