ケン・リュウ(古沢嘉通訳)『紙の動物園』
ケン・リュウ編訳の中国現代SFアンソロジー『折りたたみ北京』を読んでそのレベルの高さに驚き、遅まきながらケン・リュウ自身の作品も読んでみることにした。
ケン・リュウは1976年生まれの中国系アメリカ人。作品は英語で書かれているが、11歳のときに両親共々移住したので中国語も堪能なようだ。本書はそのケン・リュウの短編から日本独自に15編選んで訳した短編集。多作なようなので、以下に書くことはあくまでこの15編を読んだ印象にすぎない。
最初の3編くらいは、SFらしさがなく説教くささを感じて、むしろこっちが中国の作家の翻訳のような気がしてしまった。若干読んだことを後悔し始めたところが、そのあとから俄然おもしろくなった。
ケン・リュウの作品には白人中心の(アメリカ)社会への反感が垣間見える。いろいろ苦労があったことは想像にかたくない。登場する白人は強欲だったり、差別意識を持ったていたりするし、そうでなくても無邪気に悪い結果をもたらす。それに反して善良で貧しいアジア人たちは被害者だ。説教くさく感じたのも、アジア人ならではの価値観を称揚する意図があってのことなのだろう。日本人もまたその一員だ。今回読んだ作品には日中戦争の日本による侵略の陰は希薄だった。
収録作は以下の通り。
- 紙の動物園 - 金で買われた中国人の母親への無理解と不思議な折り紙。
- もののあわれ - 日本人が主人公。自己犠牲。
- 月へ - SF的なタイトルだが、中国からのアメリカ移民の現実とアメリカの薄っぺらな正義がテーマ。
- 結縄 -
- 太平洋横断海底トンネル小史 - 歴史改変。もし太平洋戦争がおきず、かわりに太平洋横断海底トンネルが造られたら。
- 潮汐 - 巨大な月。
- 選抜宇宙種族の本づくり習性 - カルヴィーノの『見えない都市』の系譜。
- 心智五行 - 文明が退化した惑星に流れ着いた女性が見いだす人体の神秘。
- どこかまったく別な場所でトナカイの大群が - ビット化された人間母娘の最後の旅行。
- 円弧 - 永遠の生命、地球編。
- 波 - 永遠の生命宇宙編。
- 1ビットのエラー - テッド・チャン『地獄とは神の不在なり』への返歌。文学的に一番深い作品。
- 愛のアルゴリズム - 人工知能を設計する女性の心に芽生える疑い。
- 文字占い師 - ほのぼのしたいい話と見かけて一番読むのがつらい話。東アジア近現代史の闇。
- 良い狩りを - もっとも爽快感を感じた作品。妖術から科学技術への跳躍。
二分冊されて文庫化もされている。
★★