クリストファー・プリースト(古沢嘉通訳)『双生児』
今年一番読んだ本の作者をあげるとすれば、まちがいなくこのクリストファー・プリーストだ。なにせ本作品を含めて4作品を読破している。
なんと、そのなかの3作品に双生児というモチーフが含まれているのだが、本書はタイトルそのものが『双生児』だ。しかしそれは邦題だけのことであって、原題は “The Separation” で別離や分岐という意味だ。
イニシャルまで同じ2人の双生児J. L. ソーヤーは1936年のベルリンオリンピックのボート競技で銅メダルをとったあと、戦争にまきこまれ、片や英空軍のパイロット、片や良心的戦争忌避者の赤十字職員としてたもとをわかつ。彼らの別離は別の場所で異なる活動に携わるという空間的なものから、歴史の流れの分岐にまで拡大する。パイロットのソーヤーが現実の歴史と同じ1945年まで戦争が続いた時空に生きるのに対して、赤十字職員のソーヤーは1941年に英独間で停戦が成立した別の歴史の流れを生きるのだ。
興味深いのは、彼ら二人そしてそれぞれの歴史の、対称性ではなく非対称性のほうだ。赤十字職員のソーヤーは停戦に大きな役割を果たすのだけど、赤十字の活動中に負った事故の後遺症で非常にリアルな幻覚をみる症状に悩まされている。そして停戦のあと彼の行方は杳として知れなくなる。
二つの世界はひとつには収束せず、いびつな形で分離したままであり続ける。くらくらとするめまいのような読後感だ。
この作品にはソーヤー兄弟以外にも、ヘスやチャーチルの替え玉という形でそっくりさんというモチーフが顔を出すが、さらにもう一組、双生児に関する大きな仕掛けが隠されていた。大森望さんによる解説を読むまで気づかなかった。悔しい。
★★★