クリストファー・プリースト(安田均訳)『逆転世界』
成人したばかりの主人公ヘルワード・マンがギルドに入会する儀式のシーンからはじまる。儀式のなかで彼は秘密を決してギルドの外にもらさないことを誓わされる。ヘルワードは見習員としてさまざまなギルドの経験を積む。その仕事は多岐に渡るが、すべてはただひとつのこと、彼らが住む都市を南から北へと移動させ続けることを目的としている。南は過去、北は未来と呼ばれ、時間単位は都市が動いたマイル数であらわされる。1マイル=10日だ。
見習員としての最後の任務としてヘルワードは娘たちを南方の村に送り届ける。その中で彼は非常に奇妙な体験をする。空間の縮尺が南に行くに従ってどんどん歪み、南へとひっぱられる力がどんどん強まってゆくのだ。主観的には2ヶ月弱しか経過してないのに任務を半ば放棄して都市に帰り着くと2年が経過していた。この経験から彼は都市が動き続けなくてはいけない理由をはっきり理解する。
都市があるのは球形の惑星の上ではなく双曲線を回転させた面上なのだ。しかも大地は常に北から南へと移動を続けるので、都市は最適点という地点に留まるため常に移動を続けなくてはいけない。最適点から大きくはずれると都市は破壊されてしまう。文献をひもとくと、彼らは2世紀前に地球からこの奇妙な天体にやってきたと書いてある。こうした一切はギルド員以外の一般市民には秘密にされている。
数学的ファンタジーと呼びたくなる興味深い世界設定だが、実はこれは謎の提示に過ぎない。ヘルワードの体験や周囲の世界の描写にはそれだけで説明のつかない部分がある。
ラスト近くになってエリザベスという外部からやってきた人間が、この世界のいわば「謎解き」をする。それはいかにももっともらしく聞こえて、不可解だった謎をいくつかを解消するけど、逆に謎として浮かび上がってきた部分も出てくる。考えてみると、基本的にヘルワードの一人称で書かれているのに、彼の初めての南への旅の部分はわざわざ客観的な三人称で書かれているので、そこを幻想として切り捨てられない構造になっている。
結局、どちらの世界観が正しいかという答えは宙づりにされたままのような気がする。その状態こそがこの小説が目指した最適点なのだろう。
★★★