ウィリアム・ギブソン&ブルース・スターリング(黒丸尚訳)『ディファレンス・エンジン』

ディファレンス・エンジン〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)ディファレンス・エンジン〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

19世紀前半にコンピュータが実用化された別の歴史の物語。コンピュータといってもこちらの世界のような電気駆動のものではなく、蒸気を動力として巨大な歯車で構成される異形のコンピュータだ。技術的な発展はコンピュータに限らず、キノトロープと呼ばれる動画再生装置、ガーニーという自動車など、そのほとんどが蒸気を動力としている。

差異は技術面ではなく政治面にも及んでいて、本書の主な舞台であるイギリスでは急進派という技術や産業の発展を第一義におく党派が力を持ち、こちらの世界では1824年に亡くなった詩人(そして本書の中で重要な役割をはたす、世界最初のプログラマーといわれた女性エイダ・バイロンの父である)バイロンが長らえて首相となっている。アメリカは一足早く南北の分裂状態になっていて、テキサス、カリフォルニアの両共和国を含めて、その分裂状態が固定化しつつあり、マンハッタンは亡命したマルクスの下、共産主義のコミューンが支配している。

主に19世紀中葉のロンドンで繰り広げられる、互いに関連する3つの冒険物語を通して、以上のような状況が徐々に明らかになっていくんだけど、どちらかというと物語は脇役で、こういった状況のもとで描かれる、世界の具体的な細部(そしてそれを実際に描いているモーダスと呼ばれる「存在」)が主役という感じだ。ただ、実際の歴史を知らないと、どこが if の部分かわからないので、ぼくのようにそのあたりに明るくない人は、巻末についているアイリーン・ガンによる「差分辞典」などで実際の欧米の19世紀の歴史を都度確認する必要がある。

同じ訳者の『ニューロマンサー』を読んだときにも感じたことだけど、かなり読みづらくて意味をとりにくい訳文だと思う。できれば新訳でだしてもらいたかった。