チェーホフ『かわいい女・犬を連れた奥さん』
劇作家として有名なチェーホフは短編小説の名手でもあり、多くの作品を残している。といっても日本語で手軽に読める作品はとても少なくて、本書に収録された晩年の7編はかなり貴重な存在だ。
どの作品でも、それぞれの静かな絶望の中に閉じこめられた人々が乾いた筆致で描かれている。絶望の中で光るのは希望だが、登場人物たちが語るそれは、現世的なものでも宗教的なものでもなく、自分たちが死んだ後の来るべき未来に対する希望だった。それは、結核で死期が近づいていたチェーホフ自身の希望だったのだろう。
それをきいて、チェーホフが亡くなって100年後の未来にいるぼくたちは、つい未来なんてそんないいものじゃないですよ、なんてうそぶきたくなるけど、でも少なくとも現代では結核は不治の病ではなくなっていて、チェーホフも死ぬことはなかったのだ。小説の中に描かれたいくつかの社会的な問題も明らかに改善の方向に向かっている。やっぱり、その希望はまちがいじゃなかったし、同じようにぼくたちも未来に対して希望を持ち続けるべきなのかもしれない。ノスタルジーなんかにふけっていたらチェーホフに怒られてしまいそうだ。