銀林みのる『鉄塔 武蔵野線』
鉄塔の写真を何度か撮っているし、世の中平均より鉄塔好きのぼくではあるが、鉄塔が小説になるとは思いも寄らなかった。いや、もちろん人々とのふれあいとか恋愛とかサスペンスとかを盛り込めばどうにでもなるだろうが、小学生が高圧線沿いに鉄塔を訪ねて進んでゆくというだけで十分物語として成立しているのだ。
鉄塔は線名と番号で識別されていて、一塔一塔全部形状が異なっている。少年たちは、それらの特徴をとらえて男性、女性の性別をつけたり「婆ちゃん鉄塔」などという呼び名をつけたりしている。それだけでも十分興味をそそられるが、この小説がすごいところは、少年期の心の動きをとても赤裸々に詩情をまじえて描いているところだろう。そう、確かに子供の頃は、妙な自負心やこだわりや怯えや喜び、そういうものに突き動かされていたのだけど、封印するようにずっとそれらから目をそむけていたのだった。この小説を読んでいると、少年時代の自分に向き合うようなむずがゆい気持ちがわき上がってくるのを抑えられなかった。この分野に(というのがどの分野かわからないけど)鉄塔ならぬひとつの金字塔を築き上げた作品だと思う。