多木浩二『肖像写真―時代のまなざし』

肖像写真―時代のまなざし (岩波新書 新赤版 1086)

19世紀後半に活躍したナダール、20世紀前半のアウグスト・ザンダー、そして20世紀後半のリチャード・アヴェドンという3人の肖像写真家の作品を対比させながら、肖像になる人々の顔およびそれを撮る側の視線の変化をたどってゆく。

ナダールはパリにスタジオを構えて、主に高名なブルジョワジーの知的エリートの肖像を撮った。スタイルは肖像画的でまさに肖像画の安価な代替品だった。ザンダーは農民や職人など無名の人々の肖像を通して、その時代の人々のデータベースを作ろうとしていた。アヴェドンは肖像をパフォーマンスととらえて、政治家、有名人、最後の元黒人奴隷、殺人犯などさまざまな人々を撮った。

肖像写真というのはやはりひとつのコミュニケーションで、撮られる人が表情や姿勢を通して語っているものを写真家がどういう視線でとらえるかによって、写真の善し悪しが決まるのは共通だ。

どの顔にも否応なく引きつけられてしまうが、その中でも個人的に一番好きなのはザンダーの写真で、人が実在するリアルな空気感を感じた。