オフィスマウンテン『能を捨てよ体で生きる』

ぼくがよい観客になれないことは観る前からわかっていたのだが、スパイスのインタビューに啓発されて、自分の目で確かめようと思った。結果として、中に入り込めない完全な傍観者として60分間、ここにいていいのかという居心地の悪さを感じ続けたのだけど、それでも一部始終見届けたつもりではある。 「能」というのは実質「脳」のことで、この作品を貫いているものがあるとしたら、脳の言うことをきかない体だ。インタビューで語られた内容や一箇所でているセリフからすると、演出家のいうことをきかない俳優を指しているのだろう。実際、俳優たちの体の動きは予測不能で、タコやイカなどの頭足類の脚がてんでんばらばらに動いている様を思わせる。演出家が脳として圧倒的な権力をふるう脊椎動物的演劇から各脚がそれぞれ自律的に動く頭足類的演劇へいうとわかりやすい気がする。 ...

『ドッグマンノーライフ』

前作『海底で履く靴には紐が無い』から1年が経過していることに驚かされた。ほぼ大谷能生さんのひとり芝居だった前作とはことなって今回は集団劇。オーディションで選ばれた若い俳優たちが出演している。 夫がリストラで主夫になり妻がスーパーに働きに出た夫婦を大谷能生、松村翔子の常連が演じ、その他の俳優はスーパーの同僚役。ラップのような軽口のようなモノローグと奇妙にねじれた身体の動き、そして、どこに連れて行かれるのかと思っているとどこにも行こうともしなかったのは前作と同じだ。 ...

大谷能生×山縣太一『海底で履く靴には紐が無い』

実質的には大谷能生さんのひとり芝居。大きな枠でいうとチェルフィッチュ系で(それも当然で作・演出・振付の山縣太一さんはチェルフィッチュの主要なプレイヤーのひとりでまさにその世界観を作りあげてきた人だ)、つまり俳優が奇妙な痙攣的な動きとともに日常的な出来事をモノローグ的に語るというダンスと演劇の融合的なスタイルだ。今回の作品はそれをかなりダンスよりに動かしている。つまり、動きはとてもハードになり(終演後の大谷さんの疲労困憊ぶりがとても微笑ましかった)、物語はほぼ静止したまま動かない。 ...