さすがにチケットをとった時点では誰の戯曲か認識していたはずだが、観劇時点ではすっかり忘れていた。構造が『ゴドーを待ちながら』と似ているなと無邪気に感じた直感はドンピシャで、まさにサミュエル・ベケットの作品だった。 ...
いとうせいこう作の『ゴドーは待たれながら』を先にみてしまったこともあり、元ネタである『待ちながら』も見なくてはいけないと常々思っていてようやくその機会がやってきた。柄本兄弟によるウラディミール(ディディ)とエストラゴン(ゴゴ)。 不条理演劇の古典中の古典だ。古典に退屈なものなし、という自作の格言の通り、二人の男がゴドーを待っていて結局ゴドーはやってこない(ネタバレ)というシンプルなストーリーなのにまったく退屈せずスリリングでさえあった。この戯曲が書かれたのは第二次大戦終結後数年後。ゴドーは明らかにゴッド(神)の象徴であることは間違いないとしても、ベケットがそれで何を表現しようとしたのか、こうやって上演をみてみてもよくわからない。 ...