I have lost touch with the world
ジム・ジャームッシュの『コーヒー&シガレッツ』の最後のエピソード「シャンパン」で、くたびれた二人の男ビルとテイラーがまずいコーヒーを飲みながら、武器庫の片隅で休憩していると、かすかにマーラーの歌曲が聞こえてくる。それは彼らの会話の中から生まれた幻聴なのだが、建物の中をいっぱいに満たす。テイラーはそれを世界でもっとも美しく悲しい曲と表現する。
わたしは世界に見捨てられた
かつて多くの時を費やした場所から
もう長いことわたしのことを話す人はいない
わたしが死んだと思っているのかもしれない
世界がわたしを死んだと思っていても
べつにかまわない
否定することもできない
だって、世界にとってわたしは死んだも同然だから
わたしは世界のざわめきに対して死んでいる
そして静かな片隅で休む
わたしの楽園の中でひとり
愛の中で 歌の中で
(フリードリヒ・リュッケルトのドイツ語の詩を英語から重訳)
まずいコーヒーをシャンパンと思いこむことで、乾杯を捧げることもできる。今ここにないものに対して。