『スリー・キングダムス』

日本初演。タイトルは三国志を想像してしまうが、舞台は古代中国ではなく現代ヨーロッパの3カ国だ。初演は2011年でまさにこの3ヶ国を順次回ったらしい。
海外物だとシリアスなテーマ性のあるものをみることが多いが、なんとエンタメに振り切った感じでクライム・サスペンスだ。ロンドンで起きた猟奇的な殺人事件の捜査のため、主人公の刑事イグニシアスとその上司チャーリーは、容疑まずドイツのハンブルクで現地の刑事ドレスナーの協力を得て実行犯を捕まえ、さらにドレスナーとイグニシアスは、バックにいる人身売買組織を追ってエストニアの首都タリンに向かう。タリンでイグニシアスは幻想とも現実ともつかない奇妙で凶々しい経験をする。そして最後ロンドンに戻り破滅的なラストへとつながる。
実際に何が起きたのか、何が彼を破滅的な行為へと向かわせたのかははっきりしない。デヴィッド・リンチの『インランド・エンパイア』の強い影響下で制作された作品ということだけど、むしろ『ツイン・ピークス』のほうが近い気がした。ファーストシーズンのエンディングでクーパーに何が起きたかはっきりしないのと同様にこの物語のイグニアスは宙吊りのままなのかもしれない。
休憩をはさんで3時間近くあったのにまったく集中力は途切れなかったが、見終わったあとモヤモヤが残った。クライム・サスペンスとしては謎解きが単調だし、イグニアスの物語というには彼を描けてなかった。ツインピークス要素もなんか表面的で深みが感じられなかった。
演出がテキストの掘り下げ不足なところをうまく補完できればよかったけど、逆に必要な要素をはさみ込み損ねていた気もする。初演は英語、ドイツ語、エストニア語3ヶ国語で上演されて字幕がついたらしい。今回は全部日本語で単なるおうむ返しで笑いをとる箇所になっていた。また偶々の事情でバイリンガルなキャラクターはイグニシアスでなくチャーリーに割り当てられたそうだ。そのほうがロスト・イン・トランスレーションの状態のイグニシアスの孤独を浮かび上がらせることができただろう。
トリックスターという舞台を自由に歩き回って人々にインスピレーションを与える役は、テキストに存在せず初演の稽古中に生まれたものらしい。他の役と被らず男性が演じていたようだ。基本テキストに基づいている今回の日本語版だが、この役割は採用されている。今回音月桂さんが演じたことで、女性であることと、同時に演じた旅先でイグニシアスが知り合うシュテファニーを同じ音月さんが演じたことで別の意味が生まれてしまった。演出意図だが、それで新しい見通しが提示されるならいいが、かえってわからなさは深まった気がする。
次上演するときは大きく翻案して、日本、韓国、モンゴルorベトナムあたりを舞台にするのはどうだろう。新たな意味が生まれる気がする。
作:Simon Stephens、飜訳:小田島創志、演出:上村聡史/新国立劇場中劇場/S席8800円/★★
出演:伊礼彼方、音月桂、夏子、佐藤祐基、立山隼太、坂本慶介、森川由樹、鈴木勝大、八頭司悠友、近藤隼、伊達暁、浅野雅博