『鼻血―The Nosebleed―』

鼻血―The Nosebleed―

観客参加型の演劇は苦手だ。入口でルーズリーフと鉛筆を渡されてたじろいだけど、そのたじろぎを乗り越えてみるべき作品だったと思う。

日系アメリカ人のアヤ・オガワさんが自伝的に自分と父親との関係を描いた作品だ。彼は、1930年に日本で生まれ、仕事でアメリカに渡り同じ日系人の女性と結婚し子供が生まれる。しかし、結局家族との関係をうまく築けないまま孤独に死んでいった。観客は自分と父親の関係を問われ、何か問いかけたいことを紙に書いて提出するよう求められる。ぼくはまったくなにも思いつかなかった。この提出された問いかけが読み上げられたりするのかと想像していたが、なんとシュレッダーにかけられ、父親の火葬後の骨として扱われるのだ。この演出が素晴らしかった。あたかもメッセージが届かないことを暗示しているかのようだ。これは生と死で分断されているせいだけでなく、生きている間も不可能だったのはなかろうか。このあたりはたまたま昨日見たヌトミツク『彼方の島たちの話』と通底するものがある気がした。

アヤ・オガワさんの父親は戦中に少年期を過ごした世代でぼくの父親よりちょっと上なので共通点を感じる。戦後になって家父長制は表面上なくなったがまだ内面には残っていて、ほかの家族に権力をふるうことはなくなったが、特権として、仕事と趣味に没頭することができて家事や子育ては免除される。家族は家についてくる家具のようなものなのだ。家族に対しては尊大で無関心な態度をとることになるが、内面は未成熟だったりする。おそらく日本で暮らしていればそれが問題になることはなかっただろう。アメリカだからこそ家族との間に軋轢が生まれたと言える。ローカルだけど世代・地域の中ではある程度普遍的にありうることだ。

結果として舞台でアヤ・オガワさんの父の葬儀をやり直す構成になっていた。いい葬式だったのではないだろうか。観客のなかのボランティアに頼るシーンがあって、日本で成立するのかひやひやしたが、ちゃんと参加する人たちがいた。

作・演出:アヤ・オガワ/新国立劇場小劇場/A席7700円/2025-11-23 13:00/★★★

出演:Ashil Lee, Kaili Y. Turner, 塚田さおり, Drae Cambell, Chris Manley, アヤ・オガワ