『ザ・ヒューマンズ─人間たち』

ザ・ヒューマンズ

アメリカ・感謝祭の日に再会する一家の物語。

郊外に暮らすエリックとディアドラ夫妻、認知症の祖母モモ、長女エイミー、そしてニューヨークで歳の離れた恋人リックと暮らす次女ブリジッド。彼らが小さなアパートに集い、穏やかな祝祭ムードで始まるが、物語は次第に不穏な空気を帯びてゆく。

当初、観客と物語の距離はある。しかし、次第にそれは溶けていく。家族が直面する問題は、アメリカという国の枠を超えて、現代社会に生きる誰しもが直面しうる問題であることがわかってくる。病、老い、雇用や経済的な不安定さ、若者の夢と現実のギャップ、家族の関係性の変化と断絶、宗教的伝統と価値観の多様性。

これらはすべて、現代の「文明社会」が抱える普遍的課題であり、日本に暮らす観客も他人事とは思えなくなる。

不気味な物音や構造の軋み、狭く古びたアパートという空間の圧迫感は、現代人の暮らしそのものが、見えない恐怖に包まれていることを象徴する。まるで「日常」そのものがホラー映画の舞台になっているかのようだ。

なぜ日本の演劇には、こういう射程の広い作品が少ないのか?日本の演劇は、身近な人間関係や家庭の問題を描くことに長けている一方、こうした社会構造への視座を持った作品は少ない。演劇がもっと大きな「現代社会の鏡」となるためには、社会全体を見渡す視野と演出の挑戦が必要ではないか。

この作品は「家族劇」の枠を超え、観客に現代社会そのものの不安を突きつけてくる。そしてそれこそが、演劇の持つべき力であり、観客を「自分ごと」へと巻き込む方法なのだと気づかされる。

作:スティーヴン・キャラム、飜訳:広田敦郎、演出:桑原裕子/新国立劇場小ホール/A席7700円/2025-06-21 17:30/★★★★

出演:山崎静代、青山美郷、細川岳、稲川実代子、増子倭文江、平田満、きし朱紗