『花とアリス』
見終わってすぐに、さあべた褒めしようとキーボードに指をおいたが、どうしてもこの映画にふさわしい言葉が浮かんでこなかった。いや、別に映画を語る言葉が映画自身にマッチしていなくても別にかまわないとは思うのだが、この映画でそれをするのは大げさにいうと冒涜的な行為に思えたのだ。それで何日かすぎてしまった。
ひとことでいえばある記憶をめぐる映画だ。それも失われた記憶。もっといえば、実際には起きていない出来事に関する、偽りの失われた記憶だ。おまけに、その記憶の中ではひとつの恋が失われたことになっている。二重否定が肯定になるように、この多重に失われた偽りの恋はリアリティをもちはじめる……。
朝の駅の白い息。道を覆いつくす桜の花びら。父親から贈られた入学祝いの万年筆。雨の広場で踊るダンス。帯を結んでもらいながらの涙。重力が一瞬なくなったかのような紙コップがシューズ代わりのバレー。
日常の中にありながらも、ありえないような輝きに包まれたシーンたち。そんなシーンにリアリティを感じてしまうのは、誰もがもっている思春期のころの記憶のせいかもしれない。それも失われた記憶。もちろん、なにひとつ実際にはおきていない。失われた偽りの記憶だ。
それは今まで起きた試しはないしこれから先も起きることはない、でもいつか必ず思い出す日がくる。