車屋長吉『赤目四十八瀧心中未遂』
『のらじお』というPodcastで紹介されていなかったら一生読むことはなかった作品。
エリートサラリーマンの道を捨て零落してアマ=兵庫県尼崎市に流れてきた主人公生島。彼はスラム街のアパートで腐りかけの臓物に串を通す作業をして日銭を稼ぐことになる。
生島は孤独な生活をおくろうとするがそれでも不可避的にアマ土着の人たちと関わることになる。雇い主の伊賀屋の女将セイ子、階下の彫り師の彫眉、その愛人のアヤ、彫眉の息子の晋平、朝夕に肉を運搬するさいちゃんという無口な若い男。
彼は徹底的によそ者だ。それはアマという地域に限ったことではなく、彼はもともとどこにいても帰属感を持てないのだ。それを徹底するためにあえて零落の道をたどっている。ただ本人にとっては真剣な苦悩も土着のしがらみの中で生きる人たちからはインテリの戯れに見えてしまう。ふだんアマの人たちと話すときは要領を得ない受け答えしかできない生島がかつての友人山根が訪ねてきたときはうってかわって饒舌になるのがおもしろい。そんな生島たちの会話をきいたセイ子は「インテリのたわけ言」だと毒づく。
アマにおける生島は徹底的に無力で無能だ。その空虚がまわりの人をひきつけるのか、電話ボックスでのお金の回収や怪しげな預かり物など頼まれごとをする。極めつけがアヤにこの世の外まで連れて逃げてほしいといわれることだ。結末はタイトルで明かされているが実際は未遂ともいえず、生島はひたすら受け身で手のひらの上で転がされただけにおわる。
4ヶ月間暮らしたあと、生島はまったくアマに受け入れられないまま去っていく。生島の自意識がアマで空回りしただけで、まったく成長もせずに、やがてもとのサラリーマン生活にもどることになる。これだけ徹底したアンチ成長小説もめずらしい。
こんな生島とは対比的にアマの人びとはみな魅力的だ。ほとんどしゃべらないさいちゃんですらひきつけるものがある。そしてアマの町や建物のにおいが伝わってくるような描写がすばらしい。
★★★
