阿部和重『ニッポニアニッポン』

ニッポニアニッポン (新潮文庫)

ニッポニアニッポンというのは絶滅が危惧される鳥トキの学名。そのトキを名前の一部に持つ17歳の少年鴇谷春生は、トキを鬱屈した思いをぶつける対象にして、パラノイア的な妄想を拡大させていき、ついには佐渡にあるトキ保護センターの襲撃を思いつく。

最初は主人公にも物語にも感情移入できなかったが、実際に襲撃に向かうところから一気に引き込まれた。物語そのものは単純で、ストーカー、ネット、引きこもり、少年犯罪などいくつかの三面記事的なキーワードで説明できてしまうのだけど、これに限らず阿部和重の小説は、物語そのものの層の上にいくつか層があって、メタファーがちりばめられている。

そのメタファーの解読は巻末の解説の斉藤環氏にまかせておいて、べたに書くと、自意識というのは際限なく広がる性質を持つんだと思う。それはある意味無間地獄のようなもので、抜け出すことができなくなってしまう。そこから出るためには他者の存在が必要なのだけど、自意識の中で出会うのは他者ではなく自己の投影に過ぎない。鴇谷春生はトキという象徴を破壊することで、自意識の檻から脱出しようとしたのだ。もちろん、それは失敗する。だが、文緒という少女と出会ったことで、実はその試みは半分成功していたのかもしれない。

★★