小川洋子『妊娠カレンダー』

妊娠カレンダー (文春文庫)

小川洋子の書く世界がわかってきた。文章に「ひそやか」、「ひそめる」などやたら「ひそ」が多い。そのせいか「ひそひそ」とつぶやくような文体だ。『妊娠小説』は妊娠している姉、やおなかの中の子供に対する悪意の小説だということになっているけど、それもまたひそやかなものだ。試しに、文中の悪意の言葉を好意の言葉に差し替えても、一応文章として成立してしまうのではないかと思う(小説としてはおもしろくないけど)。赤ん坊が生まれる現実は、そんな悪意ではどうしようもできないほど確固としたものだというような、あきらめのようなものを逆に感じてしまった。

芥川賞受賞作がそれほどおもしろくないジンクスはここでもいきていて、ぼくは『ドミトリー』、『夕暮れの給食室と雨のプール』の方が好きだ。『ドミトリー』の「先生」や、『夕暮れの給食室と雨のプール』に登場する父子の父など、出てくる人物がいい。今にも崩壊してしまいそうな弱さとその弱さがまわりの世界に与える強い波動とでもいったらよいか。揺さぶられて蜜がしたたってきたりするわけですよ。

★★