堀江敏幸『郊外へ』
日本語の「郊外」から想い起こされるイメージには二つあって、ひとつは田園と住宅が混じりあったような風景、もうひとつはこの本の中に出てくるサンドラールという詩人の言葉を借りれば「貧しさであり、投機本位の開発で出現した、箱をつみかさねただけの息づまる集合住宅であり、世界の終わりを思わせる陰鬱でじめじめした敷石の砂漠であり、劣悪な労働条件のもとで人々の身体と時間を拘束する工場」のイメージだ。この本でいうところの「郊外」は後者のイメージに負っている。
収録されている各13篇とも、日本からフランスに留学中である「私」が、小銭稼ぎや、あてのない散策のためにパリ郊外のさまざまな街に出向くエピソードから、その場所に関連している、主流からはずれたまさに「郊外的な」本(文学だけでなく、画集や写真集を含む)にテーマを移してゆく構成をとっている。エッセイのシリーズに収録されているものの、「私」が郊外に棲みつくちょっとダークな人々と触れ合う数々のエピソードは創作だということだ。
郊外の「ざらついた雰囲気」を表現する味のある文章は、郊外へ向かう電車の中でじっくり読みたくなる。パリという遠く離れた街のこととはいえ、何よりこの本は街歩きの楽しさに貫かれた本なのだ。今度はパリ周辺の地図を手に読んでみよう。
★★★★