マルセル・セロー(村上春樹訳)『極北』
文明崩壊後の極北地域を舞台に主人公メークピースの遍歴を描いた作品。類似のモチーフを扱ったコーマック・マッカーシー『ザ・ロード』みたいに徹底的なシビアな極限状況ではなく、その一歩か二歩手前。だから主人公には自由度があり、ストーリー展開が意外性に満ちている。ストーリーにひきこまれる反面、『ザ・ロード』に比べてしまうとよくも悪くも「軽さ」を感じる。それは訳者の村上春樹の小説と同じ種類の「軽さ」だ。だから彼は翻訳しようと思ったのかもしれない。
「ゾーン」という場所の名前はストルガツキー兄弟『ストーカー』を思い起こさせるし、主人公の家族が入植した町の名前エヴァンジェリンは現在のカナダにあったフランスの植民地アカディア(そこではイギリスにより大規模な住民の追放が行われた)を舞台にしたヘンリー・ロングフェローの叙事詩のタイトルとヒロインの名前と同じで、主人公の名前メイクピースもイギリスの文豪サッカリーのミドルネームだったりして、ほかにもいろいろ文学的なほのめかしがありそうな気がする。そういうのを探しながら読むのもおもしろそうだ。
★★