小澤征爾×村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』

小澤征爾さんと、音楽について話をする

小澤征爾はまぎれもない音楽のプロフェッショナルで、その語るエピソードは、有名な指揮者や演奏家に関するものにせよ、音楽のなりたちに関するものにせよ、興味深いものばかりだった。驚くのは、少なくとも音楽の演奏に関してはずぶの素人であるはずの村上春樹が、小澤征爾の話の先回りをしたり、小澤征爾自身が気づいてないようなことに気づかせたりしていたことだ。彼は、音楽を聴くことに関してもほとんどプロフェッショナルといってもいいかもしれない。そして、その音楽を聴くことに関する高い能力が、創作とも関係しているのはまちがいのないところだ。

指揮のときの楽団員とのやりとりや、「小澤征爾スイス国際音楽アカデミー』の若手育成の部分を読んで感じたのが、よい音楽をつくりあげるのは、コミュニケーショナルな活動を通して生まれるということで、それによってよい音楽の普遍性が担保されているような気がした。

いくつか興味深いエピソード発言を拾っていく。

  • (グレン・グールドに関して)「村上註:残念ながら活字にはできないエピソードがいくつか披露された」——気になる。
  • レナード・バーンスタインは平等主義者?で、オーケストラやアシスタント指揮者に具体的な指示をあまりしなかった。
  • グールドはベートーヴェンの演奏に対位法的要素を持ち込んだけど、その姿勢を引き継いで発展させる人はいなかった。でも内田光子さんはそっちの方で、勇気がある。——それでぼくは内田光子の演奏が好きなのかもしれない。彼女の演奏するベートーヴェンの後期ピアノソナタ集は最高だ。
  • 村上「新しい書き手が出てきて、この人は残るか、あるいは遠からず消えていくかということは、その人の書く文章にリズム感があるかどうかで、だいたい見分けられます」「言葉の組み合せ、センテンスの組み合わせ、パラグラフの組み合わせ、硬軟・軽重の組み合わせ、均衡と不均衡の組み合わせ、句読点の組み合わせ、トーンの組み合わせによってリズムが出てきます。ポリリズムと言っていいかもしれない。音楽と同じです。耳が良くないと、これができないんです」
  • 小澤「ほんとうに下手をすると、エレベーター音楽になってしまう。エレベーターに乗ったらどこかららともなく流れてくる音楽、ああいうのがいちばん恐ろしい種類の音楽だと、ぼくは思うんです」
  • 村上「マーラーを聴き始めた頃は、この人はひょっとして音楽の作り方を根本的に間違えているんじゃないかという気がしました」——同感、