山野浩一『鳥はいまどこを飛ぶか』、『殺人者の空』
山野浩一の傑作短編集二編。『鳥はいまどこを飛ぶか』のほうをジャケ買いして、日本にこんな独自の世界を築き上げた小説家がいるのかと驚き、読み終わらないうちに『殺人者の空』を入手した。
1939年生まれ、小説家としては主に1960年代末から80年代初めにかけて活動した。それ以降は競馬評論家としての活動がメインになっている。と書いてみたのはまったくの受け売りで、かすかに名前をきいた記憶はあったが、ほとんど覚えていなかった。最初新人作家の本かと思って手に取ったくらいだ。注目されたのはSFというカテゴリーに属する作品だが、同じSFでも Science Fiction というより Speculative Fantasy といったほうが適切な気がする。カフカにも通じるような不可解で夢幻的な作品も多い。あと、特筆すべきなのはその硬質で明晰な文体だ。
SF的なアイディアや幻想性はユニバーサルだが、書き込まれているエピソードには、1970年代前後の時代背景が感じられて、それがまたおもしろかった。学生紛争、左翼運動、終身雇用、女性観……
どの作品もそれぞれ捨てがたい美点があるが、散歩愛好者としては、山から下りるはずが奇妙な世界に迷い込んでしまう『霧の中の人々』、絶対に渡れない道路『メシメリ街道』、そして空間じゃなくて時間をさまよう『開放時間』をあげておく。