柴崎友香『帰れない探偵』
なんと柴崎友香作品を読むのは初めて。作品を映画化したものはいくつかみたが、そのときの印象では、日本を舞台にして現代日本の文化に根ざしている感じだった。本作は探偵が主人公で自分の部屋に帰れないと設定がぼくの大好きな不条理系だったので読んでみようと思ったのだ。
7編からなる連作短編集だ。フィクションの探偵といえばその自由な行動が魅力的だが、今回の主人公は祖国を出てようやく自分の事務所が持てたと思ったら部屋に帰れなくなってしまい、下請け的な立場で世界各国を渡り歩く。急な坂の街、雨が降り続ける街、白夜で夜にならない街、砂漠に面したリゾートタウン、嵐に翻弄される熱帯の街、そして主人公の生まれ育った街の空港。部屋に戻れないのは最初の急な坂の街だけだが、実は主人公の祖国は大規模な災害後に政治体制が変わり、戻ることができなくなっている。人名も地名も全て匿名だが、いうまでもなくこの祖国というのは日本だ。
移民、難民、跋扈する巨大企業、強権的な極右政権。「今から十年くらいあとの話」という言葉が何度も繰り返されるが、むしろ2025年現在がまざまざと描き出されている。それまでローカル色や固有性が徹底的に脱色されていたが、ラストでそのままの固有名詞が登場する。状況に流され、倦み疲れていた主人公はそこで勇気と希望を取り戻す。救いを感じるエンディングだ。
カフカ的な不条理を期待して読み始めたが、今の時代の現実に溶け込んでいる不条理に気づかせてくれる作品だった。それは日本の閉ざされた社会の中ではなかなか感じられない。この主人公のように移民や難民という立場に身を置くとはっきりと見えるものな気がする。探偵小説と思わせて移民・難民文学の一画を占める作品だった。
★★★