松崎有理『シュレディンガーの少女』ebook

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女性主人公でディストピアが舞台というコンセプトのSF短編集。文庫化された直後に読もうと思ったが後回しになっていた。

『六十五歳デス』は65歳前後で発症して確実に死亡するウイルスに全人類が感染している世界。世代と血縁を越えた女性たちのつながりとか、死を受容するための条件とかいろいろ考えさせる作品だ。一番物語として完成している。ふくらませれば長編にもなりそうだ。

『太っていてはだめですか?』は身体と政治の関係を直接的に突きつける一編だ。見た目が国家的価値基準にそぐわない者を排除する構造は、まさに今進行中の現実と地続きであり、ブラックコメディの皮を被った異議申し立ての書とも言える。リアリティーショーという舞台は、現代のメディア環境そのもののメタファーでもある。

『異世界数学』は数学が苦手な少女が数学が禁止されている中世的な異世界に飛ばされる。彼女はそこで数学の自由さを学ぶ。暗記ばかりの日本の数学教育へのアンチテーゼだ。そうそうと、膝を何度も打った。

『秋刀魚、苦いかしょっぱいか』は秋刀魚が獲れなくなった近未来で秋刀魚のことを自由研究で調べる話。一番ディストピア感が薄い。秋刀魚が食べたくなった。

『ペンローズの乙女』は、最初、人身御供の風習をテーマにしたオーソドックスなジュブナイルと思わせて、実は壮大なスケールで複層的に自己犠牲というテーマを描いている。

最後の表題作『シュレディンガーの少女』ではさらに重層性が高まり、「量子自殺」というモチーフをいくつかの形で変奏させて対位法的に並行して物語を進行させるとても凝った手法がとられている。

各編に直接の接続はないものの、「モラヴェック」という名のAIエージェントと、手のひらのかたちをしたあざという共通モチーフは、世界観のゆるやかな連結を示唆している。とくにモラヴェックという名称が、「量子自殺」の概念うみだした実在の科学者に由来するという点は、各短編に潜む「可能世界」や「観測者としての意識」の主題を補強する暗喩的な装置でもある。

★★★