エルヴェ・ル・テリエ(加藤かおり訳)『異常【アノマリー】』
リアル書店で赤っぽい表紙で漢字二文字のシンプルなタイトルということで記憶したのだけど、書名を確認するには再度同じ書店に行く必要があった。
最初に見かけたときに帯の言葉を誤読して特殊設定ミステリーだと思い込んでいた。冒頭も殺し屋が登場してその誤解に拍車がかかる。実は、古今からの文学的題材とされてきたドッペルゲンガーがテーマ。ただし、特異な怪異現象としてではなく、現実問題として数百人単位で同時に分身があらわれる状況を一種の思考実験みたいに描き出している。
どちらがオリジナルでどちらが分身という区別はつけられない。ある瞬間に分裂して片方が3か月後の未来にあらわれたのだ。片方が直近3ヶ月間のできごとを経験してないというほかはまるっきり同じだ。当事者となるのは、殺し屋、売れない純文学の小説家、年齢差のあるカップル、末期癌患者、父親以外の母と子供二人の家族、婚約中で妊娠した黒人女性弁護士、ナイジェリアのポップミュージシャン。
テーマは哲学的かつ文学的だ。自分とは何かというアイデンティティの問題に向き合うことになり、この宇宙や人間は誰かのシミュレーションの結果なのではないかという仮説が現実味を帯びてきて社会も動揺する。ただ本書はそういう問題をシリアスに扱うのではなく、戯画的なタッチであくまでエンターテインメント小説の語り口で描いている。
ラストの展開も起きたことはシリアスだが、そうくるかという感じで笑ってしまった。最終ページは謎解き要素のあるカリグラフィー。オリジナルはフランス語だが本書では日本語に訳されている。むしろわかりやすくなったのではないだろうか。
★★