古谷田奈月『フィールダー』
TBSラジオの文化系トークラジオLIFEで紹介されていたので読んでみることにした。スマフォゲームが重要なキーとして登場することからエンタメ系だと思っていたが、がっつり人間の実存と社会問題に向き合った作品だった。
主人公は39歳の男性橘。多様な質の雑誌・書籍を出している大手出版社で、出版社の良心といえる、人権に関わる社会問題を扱う小冊子「スコープ」の唯一の専従職員として働いている。そんな彼が少年時代以来久々にゲームにはまる。「リンドグランド」というMMORPGだ。ゲーム内で彼はのちに「隊長」と呼ぶようになる卓越したプレイヤーと出会い、彼に興味をひかれる。こうして橘はリアルとゲームという2つの世界を生きる形になる。
それぞれの世界で問題が起き、彼は自らそれらに関わることになる。
リアルな世界では、懇意にしていた児童問題の専門家黒岩に(女性)に性虐待疑惑が起きる。ゲームの世界では「隊長」の実体が男子高校生で、母親の過保護ゆえに学校に行かせてもらえてないことを知る。ゲーム内で仲間を回復させ、サポートするヒーラーである橘はリアルでも同じような役割を引き受ける。
橘の強さは、一貫してフィールドで戦う「フィールダー」つまり実践者であろうとすることだ。論理的な矛盾を受け入れ、場合によっては救う対象をトリアージし、倫理的に敵とみなしてしまいそうな相手でもいったん受容して助力を得ようとする。これは理論家の黒岩とは対照的だ。彼女は「かわいい」ものに対する人間の態度の根源的な矛盾に気づいてしまい、その矛盾を抱え込んだまま、破滅に魅入られてしまう。
Me Tooは隠されていた悪を明るみに出す意味のある運動だったけど、何が悪かというのは本来明確ではなく曖昧な領域は必ず存在するし、そもそも善悪の基準は自分勝手で矛盾をはらんでいる。それぞれが「フィールダー」として自分のまわりからよくしていこうというのが、この作品が投げかける当座のメッセージだとぼくは受け取った。
★★★