カレル・チャペック(栗栖茜訳)『サンショウウオ戦争』
閉館10分前の図書館で作者と書名に見覚えがあるという理由で借りたのだが、仰天のおもしろさと読みやすさで、一気に読んでしまった。
スマトラ沖の島で貿易船の船長ヴァン・トフが知性をもつサンショウウオたちと出会う。船長は彼らに天敵のサメをk撃退するための武器と食糧を与え代わりに真珠を採取してもらう。これを端緒に、サンショウウオと人間はかかわりを深めていく。三部構成で、第一部では人間がサンショウウオを受け入れる過程での軋轢をコミカルなスケッチ風に描いていき、第二部、第三部は、(年代はまったく明示されないが)年代記的に、最初搾取の対象で差別・迫害していたサンショウウオに、人間が依存し、遂には世界の覇権や土地をサンショウウオに奪われていく過程が描かれている。『戦争』と銘打たれているが、戦闘シーンはほぼない。
カレル・チャペックは(検索すると紅茶のお店が先頭に出てくるけど)チェコのSF作家で、「ロボット」という言葉を生み出したことで名高い。1938年に亡くなっていて、本書が書かれたのは1935年だ。
『サンショウウオ戦争』で私が描いたのはユートピアでなく現代なのです。なにか未来に起きるかもしれないことをあれこれと書いたのではなく、我々が生きている現代の世界の状況を鏡にそのまま映し出したのです。
と「はじめに」に書かれているように、1930年代のヨーロッパにおけるナチス台頭を比喩として描き、直後の第二次大戦を予言したものと受け取られてきたようだが、むしろ21世紀の今の状況にぴったりあてはまる気がして驚いた。移民問題、中国の台頭、気候変動、ウクライナ戦争。チャペックの射程はずっと広くて、サンショウウオというのはあらゆる他者的なものの象徴で、それに立ち向かおうにも、国ごとの利害や、階級・民族の分断、経済的合理性の優先で、統一した対応を取ることができない人間社会の脆弱性にスポットがあてられていることがわかる。
これだけさらっと読めて、これだけ深い小説はなかなかないと思う。まさに現代的な小説といっていい。
★★★★