今井むつみ、秋田喜美『言語の本質——ことばはどう生まれ、進化したか』

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「はじめに」、「あとがき」、そして全体のまとめにあたる「終章」をのぞいて7つの章から構成されているが、そのうち最初の3つの章はオトマトペについて書かれていて、その次の章も子どもの言語習得でオノマトペが果たす役割についての章だ。タイトルからはわからないが本書はオトマトペについての本であるともいえる。

オトマトペというのは「感覚イメージを写し取る、特徴的な形式を持ち、新たに作り出せる語」という定義が与えられていて、日本語でいうと動物の鳴き声のような擬音語、「ザラザラ」や「スラリ」のような擬態語、そして「ズキッ」というような擬情語が含まれる。

筆者たちの仮説はオノマトペから一般の言語が生まれたのではないかというもの。言語はそれが指示する対象とそれ自身が無関係という恣意性という性質をもつが、オノマトペはその対象と似通っている部分がある。それで専門家によっては完全な言語として認められなかったりする。筆者たちは、この対象との類似性があるからこそ生まれて間もない子どもが言語を習得できるのではないかと推測し、それを実際の子どもを使った実験で確かめた。子どもは成長するとオノマトペへの依存は減り、より抽象的な言語を使うようになる。これが言語の進化でも起きたのではないかというのが筆者たちの見立てだ。

この現象を説明するカギのひとつは「記号接地」だ。もとはAI関連で使われる用語で、AIが記号を巧みに使いこなせたとしても感覚情報に接続していなければ理解しているとはいえないのでないかという問題提起だ。人間の言語習得では逆に感覚と接地している言語すなわちオノマトペが触媒の役割を果たしていることが示される。

もう一つのキーは、「アブダクション推論」だ。推論といっても演繹的なものではなく、データからそれが得られた理由や法則を推測する、帰納推論をさらにメタにしたような推論だ。これができるのはほぼ人類だけらしい。子どもは、この推論能力を使って、耳に入る音に意味があることを知って言語習得を進めていく。言語の形成にも同じようなメカニズムが働いたのではないかと筆者たちは考える。「アブダクション推論」は必ずしも正しくなく間違うことの方が多いが、それなくしては人間は言語をもたなかったかもしれないのだ。

読み終えてしまうと説得力がありすぎてすべてがあたりまえのようにも感じられてしまうが、オノマトペという言語の周縁に位置づけられてきたものに実は言語の本質が潜んでいたというのは、画期的な発見だ。

また、言語の起源というミステリーを追求していくためには地道な実験の繰り返しが必要だということもわからせてくれる本だった。

★★