川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』ebook

B09GVN9H46

20世紀中庸のアメリカ出身のゲイ作家ジュリアン・バトラー。といってもジュリアン・バトラーは実在しない。その実在しない作家の回想録を書いたのは彼の生涯のパートナーであったジョージ・ジョン。もちろん彼も彼の書いた回想録も実在しない。その実在しない回想録の日本語への翻訳が本書であり、飜訳と序文、あとがきを手がけたのが本書の著者川本直ということになっている。そして本書と川本直は実在する。

奔放で自己顕示欲の強いジュリアンと頑固で保守的、陰キャのジョージ。対照的な二人だが、少年時代の寄宿学校ではじまった二人の腐れ縁は、性的関係がなくなってからも続き、長期に渡り同じ家に住み、時折共同作業をした。実は、ジュリアン・バトラー名義の作品は二人の共作だったのだ。つまりこの回想録に書かれているのは、生身の人間としてのジュリアン・バトラーではなく筆名としてのジュリアン・バトラー、つまりジョージとジュリアン二人の関係の回想ということができる。

本書を特徴づけるのは、実名で登場するアメリカ文学史を彩るカリスマたちだ。トルーマン・カポーティ、ノーマン・メイラー、ゴア・ヴィダル、そして文学ではなくアートだがアンディ・ウォーホル。どちらかというと彼らの偉大さではなく滑稽さが強調されていてスラプスティックコメディーみたいなトーンではあるが、ちょうどゲイカルチャーが表舞台にでてくる時期のアメリカ文学史の一面がかいま見える。

ジュリアンは52歳でガンのため亡くなり、ジョージの回想録もそこで幕を閉じる。そこまで読み終えた感想は概ね回想録のなかでジョージが抱えていた鬱屈を反映した苦みの残るものだ。

川本直名義のあとがきで、回想録のラストでそれとなく示唆された小さな光が大きく膨らむ。ジュリアン亡き後、ジョージの人生は一変し、実り豊かな愛情あふれるものであったことが明かされる。気持ちのいい人間賛歌になっていた。

リアルな歴史や人間関係の中に、虚構の人物や作品をまぜこんでいくスタイルがとても巧みだった。虚実入り交じった巻末の文献リストもよくできていた。全体的にきれいにまとまりすぎている気もして、個人的にはあえて解決しない謎や破綻を混ぜ込んだらさらによかった。

★★★