トマス・ピンチョン(志村正雄訳)『競売ナンバー49の叫び』
今更という気もするがはじめてのピンチョン。長編の中では一番短くて中編といわれることもある本書を手に取った。
物語は案外シンプルだ。1965年のカリフォルニア。28歳の女性エディパは元恋人の大富豪インヴェラリティの遺言執行人に指名され、サン・ナルシソという町に赴く。そこで彼女は、郵便事業をめぐる歴史的な陰謀に巻き込まれる。いや、というよりも、その陰謀論的な事象が発現する出来事の目撃者になり続ける。女子トイレに描かれた消音ラッパのシンボル、『急使の悲劇』という劇の書き換えられたラストのセリフ、あからさまな偽造切手。競売ナンバー49というのは競売の時にその切手につけられた番号で、謎の鍵を握ると思われる競り手を待つ場面で物語は解き明かされないまま終わる。
短いだけでなくピンチョンでいちばんわかりやすいという風評だが、たしかにストーリーは追いやすかった。だが、添付されている訳者による膨大な注釈でわかるように、表面上のストーリーだけではこの作品を理解できたとはいえないだろう。かといって、注釈を読み込んでも理解はできなくて、逆に混乱してしまうのだが。その混乱を楽しむ作品だ。
本書にはピンチョンがデビューする前に書かれた『殺すも生かすもウィーンでは』という短編が併録されている。小粋なパーティー小説と思わせて、結末で、シェークスピアの引用であるタイトルの裏の意味が浮かび上がるという作品だった。
★★