コルソン・ホワイトヘッド(谷崎由依訳)『地下鉄道』
今から200年近く前、19世紀前半のアメリカを舞台に、奴隷の少女コーラの逃避行を描いた作品。数年前オバマ前大統領が絶賛していたが、文庫化で値段がさがったのを機にようやく読むことにした。
コーラはジョージア州の農場で奴隷として生まれ育った。理不尽な拷問、レイプなど、不条理小説がそのままリアルになったような環境に耐え続けていた彼女だが、最終的に逃亡を決意したのは、奇跡的に逃げ切った母メイベルの存在があったからだった。
「地下鉄道」という地下を走る鉄道に乗せられてコーラは州から州へと移動する。各州はそれぞれ特有の悪夢と悲劇の舞台になっている。サウス・カロライナは一見黒人にとって天国だが裏にはソフトなジェノサイドが進行しているし、ノース・カロライナは公然と虐殺が行われ幽閉生活を予後なくされる。インディアナでは、ユートピアの崩壊を目の当たりにする。コーラが移動する度に、彼女を助けた人々や周辺の人たちの命が失われる。
各州の物語の合間には、周辺の登場人物たちの物語が短く語れる。犠牲となった人々もいるし、逆にコーラを追う、敵となる人々にもスポットライトがあてられる。これが物語に奥行きを与えている。
どこまでが史実に基づいているのか知識なしに読んでしまったので、整理すると、「地下鉄道」は奴隷の逃亡を助ける組織の名前で実在したが、さすがに鉄道はなかったようだ。だからこそ逃亡した人々をのせて闇のなかを走る汽車というのは幻想的ですばらしいイメージだ。また、各州の描写も冒頭のジョージアの農場をのぞいては架空らしい。
虚構としての構築がすばらしい作品だったが、同時に現実世界をふりかえる視線を与えてくれる作品でもある。現代では。差別というとポリコレ的なものを想像してしまってさまざまなバックラッシュが発生しまっているが、生命に関わる問題だというのをあらためて思い知らされた。
★★★