J.G.バラード(村上博基訳)『ハイ・ライズ』
バラードは大昔に『結晶世界』を読んだきりだったが、このところSFと主流文学の境界を渉猟していて、避けて通れないことをあらためて認識したので、割と最近映画化されて有名な本書から手をつけてみた。
40階建の高層アパートメントを舞台にした内戦状態を描いたディストピア小説だとばかり思いこんでいたが、外部的にそれを引き起こすような要因があるわけではない。一連のできごとは彼らの内部的な関係から自発的、自律的に生み出され、住人の大部分はそれを歓迎しているのだ。いつでも出ていこうと思えば出ていけるのに、彼らは閉じこもることを選び、最終的には破滅し、アパートメントは荒廃の一途をたどるが、それでも彼らに後悔している様子はなく、自らの欲望を解き放つことができた喜びがあるばかりだ。
ゴミと糞尿と死体に覆いつくされた内部の世界、食糧に事欠き、汚水、腐ったものや犬、人肉までも口にし、下劣な欲望に身を任せる人間たちを描きながら、そこに美や崇高さを感じてしまう。いやはやすごい小説があったものだ。
★★★