リチャード・パワーズ(柴田元幸訳)『舞踏会へ向かう三人の農夫』

舞踏会へ向かう三人の農夫 上 (河出文庫) 舞踏会へ向かう三人の農夫 下 (河出文庫)

表紙の写真を美術館ではじめてみたとき、この作品の語り手と同様、釘付けにされてしまった。着慣れない盛装で荒野の中のぬかるんだ道をどこかに向かおうとする三人の若者たち。彼らの目はまっすぐにこちらを見据えている。夢の中に出てきそうな幻想的な光景だ。

それからしばらくしてこの本の存在に気がついた。ハードカバーにしても高いので、いずれ文庫になるのを待つことにしたが、そのまま十年近い歳月が経過してしまった。2018年7月、ようやく待ちに待った文庫化だ。

重層的な構成だ。まずこの写真をデトロイトでの乗換の際に偶然見つけた一人称の語り手の(若干やる気のない)探索の物語があり、写真の被写体三人それぞれの物語がある。そして、最初いまひとつ関係が明らかでないピーター・メイズという若い編集者もまたパレードで見かけた赤毛の女性の探索を行う。第一次世界大戦、ヘンリー・フォード、サラ・ベルナール……浮かび上がってくる歴史。

写真をのぞき込む人は、被写体にそれぞれの物語を投影し、それらの物語が重なり合う。また、それが見る人の人生にも影響を与える。あたかも、被写体がこちらをのぞき返して、物語を投影しているかのように。

このあたりポストモダン的だなと思ったら、この小説が書かれたのは1985年、まさにポストモダン真っ盛りのころだった。もっと最近だと思っていた。ポール・オースターの小説家デビューも同じ年だ。

これを機会に、リチャード・パワーズの他の作品もどんどん文庫化されていくとうれしい。

★★★