プルースト(高遠弘美訳)『失われた時を求めて 第二篇 花咲く乙女たちのかげに』
第一編を読んでから3年の月日が流れ去ってしまった。記憶に関する物語なのに記憶の風化は甚だしく、覚えていることといえばマドレーヌくらいだった。ふつうの作品だったら大まかなストーリーさえ把握すれば大丈夫なのだけど、『失われた時を求めて』の場合シーンや登場人物が有機的に絡み合っていて、あの人物がこんなところに、というような驚きを感じながら読まないと読んだことにならない。
前半は、主人公が、スワンとオデットの娘ジルベルトに抱く初恋の顛末と、オデットが主宰するサロンに出入りするようになる社交界デビューの様子。後半は療養のため祖母と訪れた架空の海浜リゾート、バルベックでの生活を描く。主人公はそこで様々な人々と出会う。祖母の学友ヴィルパリジ夫人、親友となるロベール・ド・サン・ルー、スワンの友人シャルリュス男爵、画家のエルスチール、そして海岸で見かけた少女たちの一団。その中の一人がアルベルチーヌだった。ここで出会った人物たちが今後どんな場所でどんな形で主人公とかかわるのか楽しみで仕方がない。
本篇は、特に大きな出来事もなく、全体的に静かな展開だが、それだけにここぞという箇所にちりばめられた比喩が光る。チャンドラーみたいに短くて魔法みたいな比喩ではなく、長くて複雑でよくかみしめると滋味を味わえる比喩だ。そんな息の長い表現は人物の感情にも適用されて、なぜそういう感情をもったのかという理由が緻密に描かれている。教養のあるなしとか身分とか関係なく、感情が生まれる場には共通の仕組みが働いているとプルーストは考えていた気がする。
第三篇は1年以内に読みたいところだ(現時点で前半のみ刊行)。分量が多くて大変だと思うが訳者の人にもがんばってほしい。
★★★